庇から落ちる雨粒はぽたぽたと其の下にある石の上で跳ね、心地良い水音と飛沫を上げている。
日暮れから降り出した雨が昼からの熱を幾分か冷ましてはいるが、季節も季節ゆえにそれでもまだ熱は冷め遣らず。
涼を求める様に縁側に腰を下ろした男は着物の裾を捲り上げ、石の上に足を伸ばして爪先を雨雫で濡らした。
モサモサとした天パーの其の男は時折足を上下させ、水の感触を楽しむ様にぴちゃぴちゃと水音を立てる。
両脇に手のひらをつき、空を見上げる姿勢。
さほどの降りでは無いがどんよりとした雲に覆われた空からは相変わらずの雨粒が落ちていて、辰馬は其の姿勢のままポツンと呟いた。
「あ~あ…今年もまた会えんとは気の毒じゃなぁ。」
すると背後から人の気配と声がした。
「誰に会えねぇんだよ辰馬。」
銀髪の天パー、同じ攘夷仲間の銀時が覗き込む様に辰馬に声を掛ける。
その質問にあっはっはっと軽く笑うと、辰馬は顔の前で手のひらを左右に振りながら答えた。
「違う違う、わしじゃあないきに。今日は七夕じゃけぇほら…。」
と雨空を指差す。
「何だ、乙姫と彦星かよ。」
言いながら辰馬の横にどっかと腰を下ろすと、同じ様に着物の裾を捲り上げ雨の降る庭先へと足を投げ出した。
銀時の言葉に辰馬はぷっと吹き出し。
「そりゃぁ乙姫じゃあのうて織姫じゃぁ。」
さも愉快な様子で肩を揺らす辰馬を横目に少し拗ねた銀時は口を尖らせ。
「いいんだよ、別にどっちでも。」
そう言って爪先を振り上げ足元の水を辰馬の方へと跳ね上げた。
銀時の態度にあっはっはっといつもの調子で答える辰馬。
話を元に戻して。
「年に一回しか会える機会が無いのに雨で流れたらまた来年。ちゅうか…去年も雨じゃったき2年も会うとらん。神様も酷な事をするもんじゃあ。」
再び空に目をやるとそういいながら眉尻を下げ、苦笑いを浮かべた。
何時もとは違う…僅かばかりに浮かんだ寂しい表情の辰馬に、銀時は戸惑う様に視線を逸らすと。
「あいつ等仕事もしねぇでイチャイチャする様なバカップルだ。今頃それぞれ新しい相手見つけてよろしくやってるよ。案外雨降ってホッとしてるかも知れねぇぞ。」
そう言って辰馬を真似て軽く笑い声を立てた。
銀時の言葉を聞くと辰馬はまた噴出し…天を仰ぐ様な姿勢で大きく声を上げて笑った。
「あっはっはっ、おんしはまっこと夢が無いのぅ。」
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続き
一気に降った夕立の後、吹く風も何処か涼を含んで。
橋の袂にある赤提灯にも心地良い風が吹き込んで長めの暖簾をふわりと揺らしている。
其の暖簾の間から癖のある銀髪が覗き、何やら店主へと管を巻いていた。
時間が時間だがもう既に出来上がっている模様。
「なーにが七夕だぁ。ったく…猫も杓子も浮かれやがって。」
屋台のテーブルに突っ伏した儘、尚も口からは呪いの言葉の様に愚痴が流れ続け。
酔いの為か呂律も怪しく、空になったコップをドンと叩きつけ店主に酒を催促する。
困った様に苦笑いの店主。
「お客さん、ふられちゃったんですかい?あんまり飲んじゃ体に悪いですよ。」
諫める様に声を掛けた店主だったが、恨めしそうな銀時の視線に小さく溜息を吐き一升瓶を手に取って…差し出されたコップに冷や酒を注いだ。
とくとくと良い音を立てる酒がコップを満たしていく。
その様子をじっと見ながらブツブツと小声の愚痴を零していた銀時。
やがてなみなみと注がれた其のコップに視線を留めハァ……と深い溜息を吐く。
「…バカップルへの天罰…か……。」
ずぶずぶと沈み込む様に台へと顎を付けコップを握った儘突っ伏した。
ふと…動きの止まった店主。
其の様子に視線を上げると苦笑から愛想の良い笑顔に変わった店主が左手側に会釈を向けて。
「いらっしゃい、何にします?」
そう言って視線で俺の隣を示した。
ガタン。
人の重みで少しだが椅子が左に傾く。
狭い屋台の為、突っ伏した銀時の肩に相手の腕が僅かに触れた。
見ると白っぽい着物の袖が目に入る。
「おやじ、わしにも冷やを一杯。」
隣に座った奴が店主の問いにこたえ酒を注文。
へいと答えて一升瓶で酒を注いだ店主が其のコップを客に差し出す。
ふと…酒が回ってぼぉっとした頭の銀時に何かのスイッチが入った。
腕の辺りを見ていた銀時がゆっくりと視線を上げる。
…何処かで聞いた声。
いや、声っていうか此の喋り方。
「!!」
視線が黒いモサモサを捉えると跳ねる様に立ち上がる銀時。
開いた口からの言葉は声にならず。
ぱくぱくと酸素不足の金魚の様になりながら辰馬を指さす。
その様子に少しバツの悪そうに頭を掻きながら。